オタクは差別が大好きである(後編)

 唐沢俊一検証blogの1月11日の記事「「コミックマーケット77」レポート(後篇)」を読んでいたら、人の目を見て話をしないのがオタクとしての正しい態度だと竹熊健太郎氏がおっしゃった、みたいなことが書かれてあったのにも首をひねったが、それよりも

 自分は会長(と学会会長の山本弘氏のこと。引用者注)も唐沢俊一と同じで「直接話している限りではいい人」だと思っていたので、別に意外ではなかった。だいたい、50歳を過ぎて『生徒会の一存』の同人誌を作っている人が悪い人のわけがない。

 ……この人たちは一体いつになったら目が覚めるんだろうか?
 大人になってもアニメやマンガを好むことは、別に恥ずべきことでもなんでもない。だからといって、別に自慢に思うことでもない。単に趣味の問題である。だがオタクであることが何かしら素晴らしいこと、知的であることであるかのような幻想をふりまき続けている人たちがいる。と学会の唐沢俊一氏、岡田斗司夫氏、山本弘氏等のことだが、そのため彼らはオタクたちによって持ち上げられ、あがめたてまつられてきた。今や、彼らが書いてきたことがどれだけデタラメに満ちているかについては、さまざまなサイトで検証されている。(唐沢氏はそれに加えて盗作の常習犯でもある。)オタクどももそろそろ自分たちが食い物にされてきたことに気がついてもよさそうなものだ。だがまだ気がつかないらしい。唐沢氏らの化けの皮ははがれたが、唐沢氏らがふりまいてきた、自分たちオタクが知的存在だという主張はやっぱり正しいのだ、と。アニメの同人誌を作れば、自分たちは特権階級にいられる、そういう幻想に、いまだしがみつくつもりだ。そして「唐沢俊一はオタクではない」と必死に叩くことによって、自分たちこそが真のオタクであるという夢に、いつまでもまどろんでいられると思っているらしい。
 山本弘氏が今までどれほど人を傷つける発言を繰り返してきたかを知っていれば、こんなことを書く人の気が知れない。それとも『生徒会の一存』からはカタルシスウェーブが出ているとでも言うつもりか。
 そういえば、以前謀巨大掲示板に「唐沢俊一を特撮ヒーローにしよう」というスレが立ったことがあった。 唐沢俊一の糾弾に立ち上がれと、檄を飛ばしにきた人が立てたようなスレだったが、正論をはいているはずの自分たちがなぜ冷笑を浴びせられたのか、多分彼らには一生かかっても理解することは無理だろう。
 世間ではマンガもアニメも特撮もオタクとして十把一絡げにされているが、特撮ファンは業が深いのである。

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