水木しげる「怠け者になれ」の真意
怪奇漫画家「村木しげる」(水木しげる『ポコポコ』)
水木しげる先生の訃報に接して一ヶ月以上になるが、この人の「幸せになりたかったら怠け者になりなさい」という発言、なんか随分と勘違いされて広まっているような気がする。
そもそもこの人自体がものすごい勤勉家で努力家だ。奥さんの書いた『ゲゲゲの女房』にもそう書いてある。水木しげるという人は確実に、何十年に一度という非凡な才能の持ち主なのであって、そういう人であればこそ「怠け者になれ」という言葉が深遠な意味を持つのであり、我々凡人はやっぱりアクセクと働くしかない。
マンガ家が不幸になる道は二つある。一つは売れないこと。もう一つは売れること。何か一つヒット作を飛ばしたら、たちまち各社の編集者が大量にやって来て、二番煎じ三番煎じの企画を押し付けてくる。そして睡眠や食事の時間も削ってひたすらペンを動かす毎日の到来。マンガ家を志した人であれば、誰もが自分の本当に描きたいテーマを持っているものだが、そんなものは忘れてただひたすら「売れるものを描け」という編集者の指図に従うのみ。そうやって金も名声も手に入れたはいいものの、無理がたたって早死にする、そういう人は多い。
仕事断ればいいのに、と素人は思う。金のための仕事は仕事としてほどほどにこなし、それと並行して本当に自分の描きたいテーマをマイペースで描いていく、というやり方もあるだろう。しかしそうもいかないらしい。なぜならお金とか名声とかいうものは、ないならないで困るが、あったらあったでもっと欲しくなるものだからだ。
水木氏にとって、『ゲゲゲの鬼太郎』がヒットし、それまでの極貧生活から脱出できた時、過度の競争主義に巻き込まれまいとすることが、いかに切実な意味を持っていたか。「怠け者になれ」という言葉の意味もその文脈で理解すべきものだ。
しかし水木氏はなぜそんな生き方が可能だったのだろうか。多分、本当に自分の描きたいテーマを描き、その作品もやはりヒットしたからであろう。『鬼太郎』ほどではないにせよ、戦争体験モノも伝記モノも売れたし賞も獲得した。自分も満足できるし編集者だって『鬼太郎』の二番煎じを無理強いさせることはできない。
逆に言うと、水木しげるほどの大天才でなければそのような生き方は不可能だということになる。
私は最近の販促で雁字搦めになった仮面ライダーやスーパー戦隊の批判ばっかりしているが、別に販促を一切止めろと言っているわけではない。ただもうちょっと緩めるわけにはいかないのか。そしてその分、クリエイターにとっての本当に自分の作りたいものを作ってくれたら、もっとみんな幸せになれるんじゃないのか。そう思っていた。しかし水木しげるクラスの才能の持ち主にして初めてそういうことが可能ということであれば、今後も東映とバンダイの姿勢は永久に続くと考えておいたほうがいいのかもしれない。
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