原点が頂点ならば、その後はずっと下り坂
白倉伸一郎センセイの悪口を言うのはもう一生やめよう。
今春公開予定の映画『仮面ライダー1号』のキャッチコピーが「原点にして頂点」だと知った時、そう思った。
原点が頂点ということは、つまり後はずっと落ちっぱなしということである。ガンダムやゴジラに対してそう言ったところで、文句を言う人はいない。第一作だけが伝説的名作であり、そのブランドバリューだけでシリーズが延々続いているというのは誰もが認める事実だから。別に恥ではない、シリーズとは元々そういうものだ。
仮面ライダーシリーズはそれらとは違う――はずだった。
たとえば脚本家の會川昇氏は『語ろう!』シリーズの本でこんなこと言っていた。
僕はね、平成ライダーは昭和ライダーより優れている点がいっぱいあると思うんですよ。というよりも、僕は平均的には平成ライダーの方が優れていると思ってます。多数派というわけではなかったが、極端に変わった意見でもなかった。仮面ライダーシリーズは一度は終わったコンテンツだった。それがよみがえったのである。新しい時代にふさわしい価値観をまとって。平成仮面ライダーは「平成仮面ライダー」というブランドなのであり、昭和仮面ライダーの養分に寄生しているのではない――そのような主張が一時期は大真面目に存在していたのである。
その栄光を全部捨てる気らしい。
白倉センセイだって取締役にまで出世したんだし、「平成仮面ライダーをここまで大きく育て上げた男」という勲章も得たのだから、後は会議室でふんぞり返っていればいいのである。そして「今の若い人たちにはもっと頑張ってもらわなくては」などと偉そうなことを言っていれば万事収まる。しかしこの人は自分の勲章を自分の手でむしりとってしまった。もちろんそこには、「平成ライダー初期」なんか持ち上げたところで今後の商売にとっては有利にはならず、昭和ライダーを持ち上げたほうがいいという冷静な計算に基いているのであろうが、商人根性もここまで徹底していればもう敬服するしかない。
「平成ライダー初期」を持ち上げていた人たちには気の毒ではあるけれど。
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Comments
>原点にして頂点
こういうことは本来ファンが言うことであって作り手が言うべきこっちゃないんですけどね。因みに私はこの意見好きじゃないです、初代だけマンセーしてろという押し付けみたいで…ガンダムだってこの考え方が行きすぎてしまったせいで「ジェットマンはトレンディ」ならぬ「ガンダムはリアル」などという妙なレッテルを貼られてあらぬ誤解を受けた評価をされたままですし。
ただガンダムの場合は神格化されてもやむをえない部分もあるのでは。
仮面ライダーの場合は、初代の神格化はガンダムほどではなかったと思うんですけど。なんかそのへん有耶無耶にしていいのだろうか。
昭和ライダーで最も人気を博したのはV3というのが定説ですからね。
確かにファン側からの視点として、初代を神格化されていた時期が存在するかは疑わしいものがあります。
なにしろ『仮面ライダーV3』は、初代の直後の二作目なんですから。
ガンダムでいえば初代を差し置きゼータが絶賛されたとか、戦隊ならゴレンジャーよりジャッカーのほうが受けは良かったみたいな話です。
ファンから見た意見そのものとは同一視できませんが、劇中においてすら一号二号、そこまで特別視はされていませんし。
昭和における共演エピソードでの扱いは「頼れる先輩たちの中の一人」でしかなく、偉大な一号が来たぞ、とか二号さえいればもう大丈夫だ、などといった待遇は受けていません。
むしろV3が、V3だけがそういう扱いを受けた実例を何度か持っており、つまり人気指標が、劇中の扱いにも多少は反映されてるように思われるわけで。
(共演回数の差という意見もあるとは思われますが、二号も後輩ライダーを助けに来た回数はV3に負けないくらい多く、そのうえで二号のほうはV3ほど派手な役目をもらっていない)
後年の神格化がどこから来たのか、気になるところではありますね。いやむしろ、初代が伝説扱いされてた時期ってあるんでしょうか。
当然ながら、時代が生んだ伝説的ヒーローだってことは全く否定しないのですけど。ただシリーズ内での立ち位置として、頂点扱いされてたことがあるかといったら少し怪しいような。
子供の頃にV3が再放送されて初代が再送されない
あと主題歌はV3の有名だった気がするんだけどな…
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