マルクス主義vs.『ONE PIECE』(後篇)
「なぜ『ONE PIECE』はつまらないのか?」をめぐる議論。中篇の続き。
江戸時代の庶民の生活について書かれた資料を読んで、「こんな貧しい、自由のない時代に生まれなくてよかったなあ」などと感じたことのある人も多いであろう。そのような考え方が間違っていることは、少し考えてみればすぐ分かる。
タイムマシンを使って江戸時代の人間を、現代に連れてきたと想像すればよい。あまりの野蛮な生活ぶりに、びっくりすることは確実である。現代が前近代よりすぐれていると我々が思い込んでいるのは、我々が近代人だからである。前近代人の視点からは、もちろん前近代のほうが近代よりすぐれているように見えるに決まっている。
もちろんこれは、少し考えたから分かったことであって、普段我々はなんとなく、近代が前近代よりすぐれているのは自明のことだと思っている。なぜか。
要するに「歴史は進歩する」という我々の思い込みは、前近代における「神」とか「天」とかいう概念を置き換えたものに過ぎないからだ。人間というものは、人知を超えた何かしら超越的な存在というものを持たずに生きていくことはできない。しかし「神」とか「天」とか言ったら古くさくて非科学的な感じがするので、人類の歴史の法則はすでに「科学的に」解明されたということにしておいて、それに沿うことが正義というふうにしておこうと決めた。といってもそれで別に実態が何か変わったわけではないのだが。
そう考えた場合、『大戦隊ゴーグルファイブ』の世界観、未来科学なんてまさに「科学の装いをこらした一神教」という、マルクス主義歴史観の本質を突いたもののように思える。(メイン脚本家の曽田博久氏が元全共闘の活動家であったことについては繰り返さない。)
マンガの批評をしている人は多い。しかし、この紙屋氏に限ったことではないのだが、青年マンガの批評を書かせればそれなりに読ませる文章を書く人でも、少年マンガの批評をさせたら、たちまち語彙の貧弱さを露呈することがしばしばある。結局それは近代という枠組みの中でしか物事を考えられないことに原因があるのだろう。
言うは易し。子供向けの娯楽作品について、きちんと批評することは並大抵のことではないのだ。かくいう私も最近サイトの方も全然更新できてない。しかしその難問を克服しなければ、「女を自立的に描いているからいい作品、自立的に描いていないから悪い作品」というフェミニズム批評の安直さを批判することはできない。しんどいことではある。
戦隊ヒロインについての基本的な考え方
マルクス主義vs.『ONE PIECE』(中篇)
前篇の続き
わかっている。わかってないって。
ぼくはとってもいま野暮なことを書いていると。
「人間はウルトラマンのように変身できないのに、突然力を得られるような幻想をあおりたててきたのが『ウルトラマン』シリーズだ」という批判がどれほどみっともないことかは重々承知だ。
紙屋氏の「なぜ『ONE PIECE』はつまらないのか?」の続き。どうも氏は『ウルトラマン』について、視聴者がウルトラマンに感情移入して見るドラマだと思い込んでいるらしい。あんな身長40メートルの巨人にどうやって感情移入するのか。マンガオタクが見てもいないくせに特撮のことを見下して適当なことを言うのは今に始まったことではないし、その差別意識を指摘するのもそれこそ「野暮なこと」だから深入りしない。
『ウルトラマン』を筆頭に、特撮ヒーロー物の持っている構造が「神話」であることについては今さら詳しく述べる必要もあるまい。ウルトラマンや怪獣といった「神々」の戦いを、地べたに這いつくばりながらただ仰ぎ見るだけの人間、という構図である。スーパー戦隊シリーズは人間が戦っているではないかと言われそうだが、あれも「天命を受けた人間」であって、構造そのものは同じである。そしてその「神」だの「天」だのといった「非科学的」な概念を放逐することによって、我々が生きているこの近代社会は成立している。(そしてその近代社会を成り立たせる原理をもっとも科学的に解明しているのがマルクス主義である。)
だから、子供がああいうものを好むのは、子供が未熟だからである。近代社会の一員としての教育をまだ十分受けていないから、非科学的・非合理的な世界観を持った作品を好むのである。
子供向けに大ヒットしているマンガやテレビ番組を、大人が見て何が面白いのか全然分からないと思ったとき、奇妙な不安を覚えることがある。どうせ子供の見る幼稚なものだと無視しても一向に構わないにもかかわらず。理由は、そこにあるのが子供と大人の対立であると同時に、前近代と近代の対立でもあるからだ。我々は今現実に近代という時代を生きているわけだし、近代の価値観の下で思考をし、言葉を使い、近代特有の「自由」だとか「人権」だとかいう諸概念に寄りかかって生活を営んでいる。前近代など価値のないものとして我々が捨て去ったはずのものだ。それが不気味な魅力を秘めていることを、我々が改めて思い知らされるからだ。そして、近代が前近代よりすぐれていると我々が思い込んでいる常識に、揺さぶりをかけてくるのである。
前篇で私は、紙屋氏が論争に完勝したにもかかわらず、自信なさげな結論に達せざるを得なかったことについて述べたが、以上がその理由である。
だが我々は本当に「神」や「天」といった概念を近代社会から放逐しえたのであろうか?(後篇に続く)
マルクス主義vs.『ONE PIECE』(前篇)
少し前、紙屋研究所というマンガ批評サイトで「なぜ『ONE PIECE』はつまらないのか?」という記事が上げられた際、ちょっとした騒ぎになった。論争というほどのものではない。『ONE PIECE』のファンがコメント欄に大挙して押し寄せ、その記事を批判したのであるが、傍から見ていてこれは紙屋氏の完勝であった。氏は『ONE PIECE』がつまらないマンガであることをマルクス主義的歴史観に基づいて科学的に証明したのであるし、それに対して『ONE PIECE』のファンのほうはというと、いやこのマンガの面白さは冒険だのロマンだのと話をそらすばかりで、紙屋氏の証明に対して真正面から反論しようとした者は皆無であった。(まあどうせマルクスなんか読んだこともないのだろうけれど。)
マルクス主義などと言うと、最近の若い者は馬鹿にするであろうが、人類の歴史の法則をマルクス主義よりうまく説明できる原理は今のところ存在しないのだし、そうである以上、冒険だかロマンだかなんか知らないが、人間が成長し発展するという原理を否定する『ONE PIECE』のようなマンガの価値など認められるわけがない。『ONE PIECE』のファンは「こんなにも売れたんだから」と擁護しようとするが、売れたってしょせん350万部程度ではないか。マルクスの著作の何分の一なのか。
にもかかわらず、紙屋氏は記事の末尾をこのような自信のない言葉で結ぶ。
一体みんなは、このマンガのどこを面白いと思っているのか。逆にそれを聞いてみたい。聞いてどうするのか。
紙屋氏はかつて『ヒカルの碁』を論じた際、「神の一手」という存在がいかにマルクス主義的歴史観に合致しているかについて、エンゲルスの『反デューリング論』だのレーニンの『唯物論と経験批判論』だのまで持ち出して論じた人だ。『ONE PIECE』がつまらないマンガであることはもはや科学的に証明されたのであるし、そうである以上、『ONE PIECE』なんか読むな、買うな、子供に誤った人間観を植えつける恐れがある有害なマンガであり、子供が読んでいたら取り上げるべきである――これ以外に一体どのような結論がありうるというのか。それなのに、なぜ結論を出す段になって急にこんな日和った態度をとってしまったのか。
要するに、我々は根本的なところで少年マンガを批評することはできないのである。それは特撮ヒーロー物も含めて子供向け娯楽作品すべてについて言えることではあるのだが。(中篇に続く)
「オタク第一世代」の嘘
たとえば竹熊健太郎氏(1960年生)なんかは第二世代から見た「オタク問題史」でこういうことを書いているわけなのだが、
●1945〜1954 プレおたく世代(マンガ世代・団塊の世代)なんか、ものすごくあからさまなんですけど。これを一つずつずらして
●1955〜1964 おたく第一世代(テレビアニメ世代・新人類世代)
●1965〜1974 おたく第二世代(ゲーム世代)
●1975〜1984 おたく第三世代(ネット世代)
●1945〜1954 おたく第一世代(マンガ世代・団塊の世代)であってはなぜいけないのか。理由が全然分からない。
●1955〜1964 おたく第二世代(テレビアニメ世代・新人類世代)
●1965〜1974 おたく第三世代(ゲーム世代)
●1975〜1984 おたく第四世代(ネット世代)
1960年前後に生まれた人たちは、今までとは違う全く新しい感性を持った世代で、日本の新しい文化を牽引してきた、という結論先にありき。理屈はあとからくっつけたというのが見え見えではないか。
1970年には「われわれは明日(ママ)のジョーである」と宣言して赤軍派はよど号をハイジャックし平壌に旅立つ。1972年の連合赤軍によるあさま山荘事件では「漫画世代の漫画的な行動」などという意見が新聞に載った。マンガはもともと子供向けのものであり、それを大人になっても手放さなかった初めての世代が団塊世代である。1970年代末の叛乱の時代はマンガと関連付けられて論じられることも多い。
それに比べて1960年前後に生まれた連中、自称「オタク第一世代」ってのは何をやったのよ。子供の頃からテレビアニメを見て育った初めての世代? だからそれが何? そもそも団塊世代の次は「しらけ世代」と呼ばれていたはずだ。それじゃあまりにも外聞が悪いので、オタク第一世代という言葉をでっち上げたのではないのか。違うというのであれば、じゃあその「オタク第一世代」とやらが、先行する世代と決定的に違っていることって何なのか挙げてほしい。(「決定的に」だよ。どんな世代でも先行世代とは何か違ってはいる。)
自称オタク第一世代といえば唐沢俊一氏。何かと言えば自分たちの世代はこんなことを経験してるんだぞー、すごいんだぞーと、下の世代に恫喝をかけ、そしてそのことによって(一時期とはいえ)オタク界の論客の第一人者として君臨することができた。氏のペテン師としての正体が広く知れ渡った今となっては、「オタク第一世代」という概念そのもの、そして同様の手法を使ってオタク論を展開してきた連中すべてに検証のメスを入れなければならない。
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