ひし美ゆり子に対する疑念(中編)

 (承前)これはインタビューではなく、樋口尚文氏の文章。

 スペル星人に仮託されたものは、自滅の危機に瀕しながらも軍事力を増すために核兵器開発競争に走る愚かしい為政者のイメージであって、その愚昧とエゴが国境を越えようとする純な民衆の祈願を踏みにじるという悲劇が「遊星より愛をこめて」である。
 為政者? 民衆?
 一体何の話だ?
 第12話におけるスペル星人は、単なる悪者である。何の同情の余地もない。そして正義の戦士であるウルトラセブンにやっつけられるのである。
 スペル星人の最大の問題点は、あのケロイドむき出しのデザインである。被爆者一般に対するイメージが投影されたものだと言われて、反論するのはなかなか難しい。被爆者を邪悪なものとして描いているという批判については、そうそう簡単に論破できるようなものではないのだ。そこで樋口氏は第12話を擁護しようとして、民衆だの為政者だのといった本編とは何の関係もない、コジツケとすら言えない超理論を持ち出さざるをえなかった。これはつまり第12話には問題があるということを、逆に主張してしまっているも同然である。
 第12話の封印解除を本当に願っているファンにとっては、樋口氏のやっていることは利敵行為以外の何物でもない。
 スペル星人をあんなデザインにしたのは監督の実相寺昭雄氏である。デザイナーの成田亨氏は反対し、それを押し切った。そして実相寺氏に民衆の視点なんかあるわけがないだろう。
 「300年間の復讐」という、『セブン』用に書かれた脚本がある。執筆者は上原正三氏。ファンの間でも有名なストーリーで、結局はボツになったものの、惜しく思うファンも多い。そしてその映像化阻止に加担したのが実相寺氏である。(続く)

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