『ドラえもん』を神棚から引きずりおろせ

 「ドラえもんはのび太を一人前の男にするべく未来の世界からやってきたはずなのに、なぜのび太を甘やかし、自立や成長を阻害するようなことばかりするのか?」
 『ドラえもん』に対してよく言われるツッコミである。
 答えは第1話「未来の国からはるばると」にある。もともとドラえもんは「出来の良くないロボット」という設定だった。ドラえもんがのび太の役に立たないのは当たり前なのである。出来の良くない二人が未来の道具に振り回され、ドタバタギャグをするというのが当初の作風だった。『ドラえもん』の愛読者ですら忘れている人は多そうではあるのだが。
 そして6巻ほど続いたところでドラえもんは未来の国に帰ってのび太は自立を迫られるという最終回を迎えるはずだった。
 それが変更を迫られたのは、おそらく読者の要望に迎合した結果であろう。子供たちはドラえもんに対して保護者であることを望んだ。藤子不二雄の他の作品の主人公たちが、「大人になること」をつきつけられて最終回を迎えたのに対し、のび太だけがいつまでも子供でいるという特権を享受することができ、それがゆえに他を引き離した人気を獲得することができた。そして「国民的マンガ作品」として神棚に祭られ、「自立と成長を阻害するドラえもん」という面を突っ込んで論じられる機会も失ってしまった。
 インターネットでいろいろ検索をかけてみると、少数派ではあるが、『ドラえもん』が「子供たちに夢を与える作品」という持ち上げられ方をすることに対する危惧を抱いている人もいるようである。そして『ドラえもん』におけるブラックでダークな面にもっと目を向けるべきと主張する。
 特に私が気に入ったのはこれ。
http://winzdouga.blog108.fc2.com/blog-entry-273.html

Go to top of page