トキワ荘の真の敗残者は誰か
伊吹隼人『「トキワ荘」無頼派――漫画家・森安なおや伝』
今の東映の拝金主義はけしからんと批判するだけなら簡単なのである。
映画人として、いい作品を作りたい、見てくれる人の精神の糧になるような物を作りたいと全く思わない人などおるまい。しかし映画というのはとにかく金がかかる(特撮ならなおさら)。「いい作品」よりも「金になる作品」を作らねばならない、という彼らに対する圧力もまた相当のものである。である以上、軽々しい気持ちで批判することもまた慎まねばならない。
その点、映画よりはずっと製作費が安くつくマンガの場合はどうなのだろうか。
「森安なおや」というマンガ家の生涯は、実態以上に不幸で惨めだったというふうに脚色され世間に流布されているようだ。なんのためにというと、もちろんマンガ界の伝説、「トキワ荘グループ」の輝かしい成功者である藤子不二雄(F・A)・石ノ森章太郎・赤塚不二夫らを引き立たせるためにである。ドキュメンタリーやら映画やらでも敗残者扱いが定番。森安氏が死んだのは急性心不全だが、アパートで一人暮らしだったから遺体の発見は二日後になってしまった。しかし近所に住む家族とは行き来もあったし友達もいた。それが「孤独死」なんてことにされてしまう。
マンガ家という職業を選んだ人間にとっての最大の苦悩は、なんといっても「描きたいもの」と「売れるもの」との食い違いである。両立させられればいいが、それでもどっちかを選ばなければならないとなった時、前者を選んだのが森安氏で、後者を選んだのが藤子・F氏らである。どっちが幸福かは、軽々しく結論の出せる問題ではない。にもかかわらず、前者を選んだ者の悲惨さや無残さだけが特に強調され、マスコミを通じて拡散していく。(ということは、逆の方も疑う必要があるということだ。藤子・F先生の生前の知り合いは皆、口をそろえてF先生が充実した悔いのない人生を送ったかのようなことを言うが、果たしてどこまで本当なのか。)
財産や名声を得たからといって幸福とは限らない。俺は俺の描きたいものを描きたいときに描きたいだけ描いたのだから、俺の人生に満足している――と本人は思っていても、世間の誰も耳を貸してくれない可能性がある。そして実態以上に無残な人生を送ったかのように言われる。
勇気の要ることだ。
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