なぜ『チンプイ』は完結しなかったのか(その3)
氷室冴子(作)/山内直実(画)『なんて素敵にジャパネスク』より
(承前)「玉の輿に乗りたくない」というのは少女マンガにおける一つのパターンとして確立している。財産も地位も何になろう、女の子にとって本当の幸せは愛し愛される人との結婚である。『ジャパネスク』の瑠璃姫など、それらのヒロインには一つの共通点がある。いずれも強い意志の持ち主だということである。
毎回毎回「マール星の科法の世話になんかなりません!」と言いながら結局は世話になっているエリは明らかにこの系列から外れている。
なぜエリは科法の世話になることに抵抗があるのか。チンプイもワンダユウも別に恩に着せるわけではない。それが却って「借りの感情」をエリの心の底に少しずつ少しずつ積もらせていく。また科法のもたらす便利さ・快適さに一度慣れてしまったら、そこから抜け出せなくなるのではという恐怖もある。そして毎回誘惑に屈し、結局は科法の世話になるということが示唆するのは、妃殿下なんかになりたくないというエリの意志がそれほど強いものではないということである。
エリは内木くんのことが好きである。ではどの程度の「好き」なのか。内木くんと結婚できさえすれば他には何も要らない、たとえ将来食うや食わずの極貧生活を送ることになっても、愛さえあれば耐えていける――と思うほどなのかというと、別にそういうわけではない。というか、十二歳でそんな具体的なことまで考える女の子は普通いない。内木への恋心はいかにも子どもじみた、たわいのないものである。その一方内木はというと、もうエリのことを単なる友達としか思っていない。
理屈はともかくとして、エリが妃殿下になったら結局は夢のない話になるのではないか、と思う向きもあるだろう。そういう人には『ローマの休日』を見ることを勧める。あれは、最後に王女が自発的に大使館に戻るから感動的な話として成り立っているのである。最後にエリが妃殿下になる決意をし、それを美しく感動的な話として描く余地は十分にあったはずだ。ではそれが執筆されるに至らなかった理由はなにか。(続く)
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