「萌え」はクズ作品の言い訳

 「萌え」を宝の山かなんかと勘違いするのが横行しているのではないか。
 『サルでも描けるまんが教室』の続編『サルまん2.0』が今月号の『IKKI』で連載中止。その無様な自爆を見て、そういうことを考えた。
 「萌え」を理解せぬ者にオタク文化の今を語る資格はなしという強迫観念にとりつかれてでもいるかのように、評論家の連中が猫も杓子も「萌え」について語り出している。で、私も何冊かそういうのを読んでみたのだが、結局人によって「萌え」の定義からしてもうバラバラ。研究者どうしの間での自分の立場や地位を守るために都合がよくなるように、勝手な定義を唱えているだけなんじゃないかと疑いたくもなる。物語の登場人物に強い愛着心を感じるというのは、小説だろうが映画だろうがマンガだろうが昔からある。それを殊更「萌え」などと名付け、あたかもオタク文化に新しい潮流が到来しているかのように幻想が振りまかれているのはどういうことなのか。
 私が最も「萌え」本質を突いていると思ったのは、野中英次『魁!! クロマティ高校』の15巻である。
 というか私自身、あのマンガと全く同じ経験を現実にしたことがあるのである。当時の私はライトノベルという概念も知らなかったから、一色銀河『若草野球部狂想曲』を読んだとき、本格的な野球小説と勘違いして、納得のいかないことを納得いかないと謀巨大掲示板のスレに書き込んだことがあるのだが、そこでの反応がまさに『クロマティ』そのまんま。何を言っても「目くじら立てるな」「どうせフィクションなんだから」こういうのばっかり。
 小説として、読者に「納得できない」と思われたということは、読者を作品世界に引きずり込むことに失敗したからだ。それを「目くじら立てるな」という反論の仕方しかできないということであれば、その作品が劣ったものであるということを認めたということに他ならない。その作品には、仲間内でしか通用しないくらいの強度しかないということだ。しかし潔く認めるのもしゃくなので、これは「萌え」といって新しい文化の潮流なのですよ、頭の古い人たちには分からないでしょうけどなどと予防線を張ってごまかしているだけではないのか。
 しかし、なぜ誰もそういうことを言わないのだろうか。
 マンガやアニメの評論なんかしている人というのは、たいてい若い頃に年長者から迫害を受けた記憶があるはずだ。いい年こいてこんなくだらないものを見て、と。そしてマンガやアニメが市民権を確立した今、今度は自分たちが年長者の側に立ち、若い者たちをいじめる立場に立ちたくないと思っているのだろうか。その心がけは立派だが、しかしそれは若者文化を理解できもしないくせに、理解しようと努力するふりを装い媚びているだけだ。
 中には竹熊氏のように、本当に萌えが新しい文化であり出版不況にあえぐマンガ界に降り立った救世主であるかのように勘違いする人まで生じているのだろう。『サルまん2.0』が失敗したのは当然だ。

 まあ市民権なんて特撮ファンには何の関係もない話だから、「萌え」について自分の考えていることを正直に書いてやる。

Comments

萌え、かー。でも、萌えを強調すると、
「じゃー、同人漫画でいいんじゃない?」
という、あんまり面白くない結論に達しませんかね?
ワタシなんか本当に保守的で古い人間だもので(笑)、お話そのものが面白いのが第一で、それと並行してビジュアル的に面白いか、なんてのを追求しちゃうんですよね。言ってみれば「作家性に関心がある」という、最も古典的な愛好者だと思います。
岡田某さんに相通ずる(?)、「旧型オタク」でしょう、宮台先生のいう「新しい型のオタク」ではなく。宮台さんの言ってるようなオタクが、今いう「萌え愛好オタク」なんじゃないかな?

萩原佐代子さんや大川さんにベタ惚れしながら(当時はそんな感覚ではなかったか…、もっと子供っぽい感情だったと思います)、もし彼女らが作品の最重要対象になっているようだったら、それは「萌え」の観点で作品を見ているのかも知れません。
…でも、僕なんかやっぱそういう「女の子を見たいから」という視点で、まして特撮を見ることなんて有り得ず(中途半端に大人なんでしょうw)、こう言うと女性に失礼だが、「ヒロインの可愛さなんて、やっぱオマケに過ぎないよな…」と思ってしまってますね。幼年期以来、そう思いこんで生きてましたから、今でもそんな感じです。

いや、世代ゆえもあるかも。僕なんか、ホント、「アニメというのはカワイイ女の子がワンサカ出てくるものであーる!」(by江田島平八)という時代に生きちゃいましたから、かえってそういう視点で見るのイヤなんですよね。そういう軟派な時代に生きちゃったからこそ、硬派な「オレは地球を守らなくてはいけなーい!」(by明神タケル)「たとえこの身が砕けようとも、オレは絶対に地球を守ってみせる!」(by南光太郎、もとい倉田てつを)みたいな、古典的なヒーロー像が好きなんですよね。

お姉ちゃん目当て作品、萌え作品、エロ作品があるのは勝手です。そういうの好きな人が悪いとは思いません。
でも、やっぱ「あくまでそんなの支流、本流は作家の才能を『これでもか!』と見せ付ける作品でなきゃ」と強く思います。
あ、これ非常に重要な視点だと思うんですが、そういう硬派な作品こそがメイン・ストリームでないと、子供が見なくなると思います。子供に萌えも色恋も解りませんし、まして、そんなものを見たいとは、少なくとも男の子は思いません。

「昔は良かった…」なんて言ったらもうオヤジなんでしょうが(苦笑)、別項で名の挙がったドラえもんなんて、藤子さんの職人芸ですよね。ベテランの作家が子供を楽しませるために精魂こめた、というような。アニメの富野由悠季さんも、そんな職人性を感じさせてくれますよね。ああいう「おじさん」が必要なんだと思います。

  • デンジロボ Mark2
  • 2008/06/11 3:16 AM

萌え要素は表現手法のひとつにすぎない
萌えを無くしたらその作品は面白くなるか?
絵柄が変わるだけで何も変わらないだろうが
お前がそれを病的に嫌悪してるのが伝わってくるんだよ

ブログってさ、自分の黒いもの吐き出していいところなの?
お前の人生なんか知るかよ。汚ねえもん読ませやがって
通りすがりでもそう思ったぜ?

気分悪くなったから書き込ませてもらったけどな
俺もこういう態度で書き込んだし
荒らしだから消せばいい

こういう書き込みが来るのは覚悟の上だよな?
俺はもう来ないから関係ないけどな。おつかれ。

>管理人な

  • arashi
  • 2008/06/13 11:54 PM

 削除してもいいのですが、萌えオタの頭の悪さをさらしものにしておいたほうが面白そうなので、このままにしておきます。

検索に引っかかりました。
書いてあることに何か言うわけではありませんが
読む人の大部分って通りすがりだと思います。

どこの誰とも知らない人から不快な話を一方的に聞かされたら嫌な気分になりますよ。
言葉は意味を伝えることが第一だと思いますから。

  • 坂根
  • 2008/08/30 11:39 AM

 ご忠告痛み入ります。
 このくらいの書き方をしなきゃあいつらには通じるまい、と思って挑発的な書き方をしてしまいました。しかし、2年前のコメントにレスなんかつけられても困りますよね。すみません。

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