畠山麦はなぜキレンジャーに起用されたのか

石ノ森ヒーローファイル

 チームメンバーの中でよりコミカルな役となったキレンジャー役には、当時石ノ森プロ(ママ)にいたマンガ家・すがやみつるの友人である畠山麦が抜擢された。ちなみに石ノ森は『ゴレンジャー』放映の前年に短編映画『フィンガー5の大冒険』を監督しており、この映画にはやはりすがやみつるの縁で畠山が出演している。
 『甦る!石ノ森ヒーローファイル』(2013年)という本を読んでおったら、『秘密戦隊ゴレンジャー』に関する記事がなんか変なのである。まるで、石森プロ所属の人間の友人という理由で、畠山麦氏がキレンジャーに起用されたかのような書き方。すがや氏が完全に無関係であったわけではないが(詳しい経緯はすがや氏のブログに)、起用された第一の理由は言うまでもなく、畠山麦氏のイメージがキレンジャーにピッタリだったからであり、なぜこんな不自然な記述をする必要があるのだろうか。
 現在のスーパー戦隊シリーズにはスタッフに石ノ森章太郎の名前はない。石ノ森テイスト皆無なんだから妥当な処置だと思うが、石森プロとしては面白くないと思っているのだろうか。だから、戦隊シリーズ第一作である『ゴレンジャー』には、石ノ森は単なるデザイナーではなく、キャスティングなどそれ以外の面でも作品の成立に深く関わったのだ、ということを強調することによって、スーパー戦隊シリーズの成功には石ノ森の才能が大きく貢献している、というような印象を広めようとしているような感じがする。
 しかしそういうのはもう止めたほうがいいと思う。氏の功績でないものまで氏の功績にすることは、石ノ森章太郎という作家の本質に対する理解を妨げることになる。そんなことしなくても偉大な作家であることには違いないのだから。だいたい、氏の作ったヒーローは孤独を愛する者が多い。石ノ森テイストと集団ヒーローなんて水と油みたいなものだ。
 じゃあ『サイボーグ009』はどうなのかと疑問に思う人もいるだろう。『009』のキモは001(イワン)である。脳改造された超能力を持つ赤ん坊は常に正確な判断を下す。残りの八人はその指示に従って戦うだけで、独自の判断で行動することはない。メンバー間の意見の対立や葛藤が生まれることはないし、そういうものをふつう集団ヒーロー物とは呼ばない。

 その点、仮面ライダーシリーズはある意味スッキリしていると言えるかも。石ノ森テイスト皆無であっても、石ノ森テイストを引き継いでいるというタテマエを守るということで、関係者一同合意がとれているんだから。

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