なぜイエローフォー交代の真相を知りたがるのか

 『超電子バイオマン』(1984年)のイエローが途中で交代した件については、いまだに真相のすべては明らかになっていない。当時のスタッフやキャストの発言から、断片的な情報をすくい上げて組み合わせ、おぼろげな輪郭を描き出すのみである。先日もある掲示板でそんな話題が出ていた。するとこんな発言があった。
 「なんでそんなこと知りたいの?」
 そんなことが今さら明るみになったところで、『バイオマン』という作品の面白さが増したり減ったりするわけではないし、戦隊史における『バイオマン』という作品の位置づけが変わるわけでもない。――なるほど、確かにその疑問はもっともである。
 ファンが知りたいのは、ただ一点のみである。その交代劇阻止のために一体どの程度の努力が払われたのか。
 イエローの交代は作品にとってマイナスでしかなかった。第一に、地球を守って戦えるのはバイオの血を引いた五人だけだ、という設定で始まった話が、戦死者が出た翌週にもう代わりが出てきた。話の辻褄が合わなくなった上に緊張感もそがれた。第二にヒロイン二人の性格の描き分けの予定が狂って無茶苦茶になった。
 『バイオマン』のキャストやスタッフのインタビューが、雑誌に載ったりすることがある。そういう話は大抵、『バイオマン』をいい作品にすべく当時みんな命がけだった、などという話になる。別にそれを疑う気はない。実際第17話撮影中で郷史郎役の阪本良介氏が大怪我をし、その後完治していないにもかかわらず撮影に復帰した話は感動的である。しかしそういった話を得意気に披露する一方で、矢島由紀氏の降板の時は現場の雰囲気がどのようなものであったのかについては誰も何もしゃべらない。矢島氏が辞めたいと言ったのか、それとも矢島を辞めさせろと主張する奴がいたのかは知らない。矢島氏で続けられるよう、みんな懸命の説得を試みたのだが止むを得ず果たせなかったのか、それとも役者の代わりなんかいくらでもいるんだ、辞め(させ)たいと言ってるんだから辞め(させ)ればいいだろ、どうせジャリ番なんだしと、深く考えもせずに交代になったのか。そのことに対していつまでも関係者一同口を閉ざしている以上、その「『バイオマン』をいい作品にすべく命がけだった」という話に対しても、ファンとしては今後ずっと値引きして受け止め続けざるをえないのである。

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