『ドラえもん のび太の勧善懲悪』(後編)
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『ドラえもん』「ラジコン大海戦」より
(承前)藤子・F・不二雄は国民学校六年生の時に終戦を迎えた。
物心ついた時から神国日本は不滅と教えこまれ、それに何の疑問も持つことなく育った少年。それがある日を境に突然、大人たちが掌を返すがごとくアメリカ軍に尻尾を振って民主主義バンザイを叫び始めたことが、幼き日の藤本弘少年の心にどんな痕跡を残したかは容易に想像できる。
ウルトラ・スーパー・デラックスマンを筆頭に、藤子・F・不二雄ワールドに出てくる「正義感の強い人間」はまず間違いなくどこか心が歪んでいるのは、このことと無関係ではあるまい。
では藤子・F先生は反戦平和主義者なのであろうか。それも違う。氏の主張は『ドラえもん』の「ラジコン大海戦」に明確である。戦いに敗れ、ずぶ濡れになってトボトボと家路につきながら、つぶやくスネ夫とスネ吉。「戦争は金ばかりかかって、空しいものだなあ」。
ここだけ見るとあたかも反戦のようにも見える。だが次のページに行くと戦いに勝ち潜水艦をゲットしたのび太の満面の笑顔。
「反戦思想なんてのは所詮戦いに負けた奴の言うことだ」。藤子・F先生の心の叫びが聞こえてくるかのようである。
「正義のための戦い」などというものは存在しない。そのことを幼き日に胸に深く刻み込んだ藤子・F先生にしてみれば、「反戦」もまた一つの正義でしかない。
そしてそれは、所詮この世は弱肉強食、泣く子と地頭には勝てぬというニヒリズムとは紙一重のところにある。『のび太の宇宙小戦争』にしたって、必ずしも嫌々書いた作品とばかり決めつけることもできまい。できれば、この話には続編があり、悪の独裁者を倒した後でスネ夫がピリカ星人に帰化してこの星に居続けたいと駄々をこね、やがて疎ましく思ったピリカ星人たちが毒殺を企てる、などという結末を見たかったところではある。もっともチビっ子の読者にとってはそんなもん見せられても困るだけだろうが(何の話か分かりますね)。
勧善懲悪の考えを否定することがかえって勧善懲悪を推し進めることがある。逆もまたしかり。だいたい「勧善懲悪はダメな作品、勧善懲悪でないのは良い作品」という発想の形式そのものが勧善懲悪的ではないか。そしてその逆説を理解できたときに初めて、「『ノンマルトの使者』は勧善懲悪でないからすばらしい」などという決めつけの安易さもまた見えてくる。
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