何が戦隊シリーズを25分に削ったのか(後編)

戦隊25分短縮2

 (承前)1983年の4月から戦隊シリーズが5分短縮になった原因として考えられるのは二つ。
  (1)ANNニュースレーダーの5分繰り上げ
  (2)藤子不二雄劇場を10分→15分へと拡充
 恐らく正解は(1)であろう。「ドラハッパ」などと呼ばれ、藤子不二雄原作のアニメが当時人気絶頂だったとはいえ、月曜から土曜まで毎日放送していた帯番組に15分はいくらなんでも長すぎではあるまいか。
 テレビ番組の移り変わりを調べていて思うのは、番組にも「格」というものがあるということである。それは必ずしも視聴率を反映したものではない。テレビ局にとってもっとも格上である報道番組が、ジャリ番の都合で時間帯が変更させられるなど考えられないことである。
 当時は、同じ6時30分から日本テレビもTBSもニュース番組をやっていた。そこでテレビ朝日としては他の局よりも5分早く始めることによって、視聴率競争に打ち勝とうという魂胆だった、そう考えるのが妥当であろう。
 しかしそれはそれで随分とセコい話ではある。あまり体面のいい話ではない。スーパー戦隊シリーズに関する書籍は多いが、どれも25分になった理由について説明していないのは、それで説明がつく。
 1987年10月からはニュースレーダーに代わってANNニュース&スポーツが始まると、6時55分から7時までは、本当にどうでもいい5分間だけのミニ番組が始まるが、戦隊は依然として25分のままである。
 1989年10月からは金曜日へと移行、この際に30分へと戻さなかったということは、もう当時は本気でシリーズ打ち切りが視野にあったと思う。ここでも6時からはNHK、日本テレビ、TBS、フジテレビがニュース番組をやっていたが、その空いた5分間を利用してテレビ朝日だけ早く5分ニュースを始めるということもなかった。ちなみに1996年10月からは、2分間だけ早く始めるなどというセコいことをやっていた。半年だけ。
 1997年4月からは戦隊シリーズはめでたく日曜早朝へ移行しそれに伴い30分番組へと復活する。これは、テレビ朝日が改心し、今後は戦隊シリーズを大切にする決心をしたということであろう。あるいは単に、日曜早朝は、あまり視聴率競争にとって大して重要でないと思われていただけかもしれない。日曜早朝が「子供にとってのゴールデンタイム」と呼ばれるようになるのは、それからしばらくたってからのことである。

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