自己犠牲と『鳥人戦隊ジェットマン』の革新性

 スーパー戦隊シリーズの主題歌で、「自己犠牲」がどう歌われているか調べたことがある。(すべてエンディングテーマ)。

とっくに捨てた この命 命 (「秘密戦隊ゴレンジャー」1975)

命も捨てた 身も捨てた (「いつか、花は咲くだろう」1977)

戦うことのさだめを胸に  安らぎもきのうに捨ててきた (「勇者が行く」1979)

命それより大切な ものが俺にはあるからさ (「バイオミック・ソルジャー」1984)

5人の戦士に 明日はいらない (「NEVER STOP チェンジマン」1985)

もしもこの命差し出して 君の夢守れるなら 何も惜しくはないのさ(「愛のソルジャー」1987)

もしも命とひきかえに 君の未来が叶うなら 何も何も惜しくはない (「ファイブマン 愛のテーマ」1990)

 最後の二つが酷似しているのは、作詞者が同じだからだが、それはともかく、1990年までの14作品中7作に自己犠牲が歌われていて、それ以降はゼロという、実にはっきりとした傾向が出た。
 1991年の『鳥人戦隊ジェットマン』は戦隊シリーズの転換点となった作品であると言われている。私もそれには同意する。だがそれも「戦うトレンディドラマ」などという分けの分からないレッテルを貼られて片付けられてしまい、この作品の本当の意義に注目する人がいないというのも残念なことである。ちゃんとした『ジェットマン』論を書けば、すごく面白くなりそうなのであるが。
 誰か書かないかなあ。

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