『ドラえもん のび太の勧善懲悪』(中編)
(承前)「理に落ちる」という言葉がある。『のび太の宇宙小戦争』で、ラストの銃殺寸前からの大逆転を見た時に脳裏に浮かんだのは、まさにそれである。
理屈が通っていて悪いことはないだろう、と言われるかもしれない。しかし冒険活劇である以上、読者は主人公が理屈を超えた活躍をするのを見たいのである。正義と平和を愛する心でもいいし、仲間との信頼の絆でも自分の力を信じる心でも構わない、それが奇跡を呼び起こし、彼我の圧倒的な戦力差をひっくりかえして勝利する。我々は普段の生活では奇跡など滅多に起こらないことを知っている。だからこそフィクションの世界ではカタルシスを感じさせてほしいのである。もちろんやりすぎると、御都合主義という批判を招かざるをえないが。
フィクションには二種類ある。常識を守る物語と、常識を壊す物語である。藤子・F・不二雄の作家としての資質は明らかに前者を向いている。『ドラえもん』でも、のび太はひみつ道具を使って常に失敗をする。パーマン、魔美、左江内氏と、超常の力を持った主人公も決して常識の枠を超えた活躍をすることはない。奇跡の大逆転が起きないのがFワールドの掟である。
この二種類の物語は、どっちが高級でどっちが低級ということはない。ほんとうに良質の作品を作ろうと志す者にとっては、道の険しさはどちらも等しい。だが、現代は量産の時代である。何かヒット作が生まれれば、たちまちシリーズ化され、じっくりとアイディアを練る暇もなく次から次へと作品を作るよう急かされる。派手な注目を浴びて客を呼びやすいのは常識破壊型、作るのが楽なのは常識防御型である。常識は疑うより守るほうがやりやすい。その結果として、見かけは常識破壊型でありながら中身は常識防御型、という作品が巷に氾濫することになる。その欺瞞性の極北が『水戸黄門』であろう。
そして我々が「勧善懲悪なんかくだらない」と言う際にイメージするのは、まさにそのような物語なのではないか。だからといって勧善懲悪を十把ひとからげに否定するのは間違っているし、そのような不毛な認識の上に立って一足飛びに「故郷は地球」「ノンマルトの使者」「怪獣使いと少年」等を持ち上げたところで、それらの作品に対しても失礼なことである。(続く)
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