なぜ「懐古厨」の反対語は存在しないのか

 「スーパー戦隊シリーズの時代区分」を書いていて「懐古厨」なんて言葉をつい使ってしまって(書き直したけど)、ふと疑問に思ったのだが、「懐古厨」の反対語って一体何だろう? 「新規厨」という言葉はあるらしいが、実際に使っているのを見たことがない。
 たとえば原発をめぐる議論なら、「安全厨」だの「危険厨」だのとそれぞれ相手を罵っていたりする。それに対して「嫌韓厨」という言葉はあるが、「親韓厨」などという言葉は滅多に使われることはない。「原作厨」はあるが「原作離れ厨」となると概念自体が存在しない。……などと考えていたら、だいたい事の本質が見えてきた。
 日本人にとって韓国とは「嫌い/嫌いではない」という問題なのである。「嫌い/好き」という問題ではない。韓国叩きを見てゲンナリする、という人は多いが、別に自分の好きな国が叩かれているからゲンナリしているわけではない。「原作にこだわる/原作にこだわらない」という対立はあるが、「原作から離れるべき」などという立場は存在しない。
 要するに、「昔は良かった」という人がおり、それに対して受け身で「いや、昔もそんなに良いことばかりではなかった」と反対する人はいる。しかし積極的に「今のほうが昔より良い」などと主張する人はほとんどいない。「懐古厨」という言葉は存在し、その反対語が存在しないという現状は、そういった風潮を反映したものである。
 これって実は相当恐ろしいことなのではあるまいか?
 「今の日本はどんどん悪くなっている」。この意見が本当に正しいかどうかについては、軽々しく結論を下せる問題ではない。肝心なことは、みんながそう思っているということである。未来に希望はないとみんなが思っていれば、当然社会から活力は失われ、本当に希望のない未来が到達する。高度経済成長期の日本では、「昔は良かった」なんて思っている人が、そんなにいたとは思えない。

 などということを考えていたら、映画『仮面ライダー大戦』のことを思い出した。昭和ライダーと平成ライダーとを戦わせ、どっちが勝つかをファン投票で決めるだなんて発表があった時の、ネット上のしらーっとした空気を思い出す。炎上商法にはもうウンザリ、というのもあったが、そもそも平成ライダーを昭和ライダーと対等の土俵に立たせるなんて、誰も望んではいなかっただろう。平成は昭和の恩恵を受けているけど、昭和は別に平成から何も受け取ってはいないんだよねえ(考えてみれば当たり前のことだが)。
 しかも票数の操作までしていたとか。もう、なんと言ったらいいのか……。

Go to top of page